とある理系の気まぐれ随筆

極めて適当に書いた、どうでもいいエッセイです

そういえばあの時

皆さんこんにちは!!


まず最初に言っておくと、今回の記事は全くエッセイではありません!! ただの短編小説でございます!(←久々にちょっと本気で小説書いてみた)


なので、エッセイ目的の方はブラバなり昼寝なりしてまた来週お越しください!!


なお、今回のお題は「そういえばあの時」です。一応このお題には従っているので、お題を意識しつつオチを考えながらお楽しみ頂ければと思います。


それでははじまりはじまりー


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 よく晴れた、3月某日の昼下がり。


 高校の卒業式を終えた俺は、クラスメイトで恋人の優香と一緒に、学校の近くにある堤防をぶらぶらと歩いていた。


「しっかし、来賓の話マジで長かったなぁ……」

「そーだねー、でも、ちゃんと聞いてると意外にいい事も言ってるよ?」

「真面目かよ。そして上から目線」

「上から目線はお互い様でしょー。……あっ、あそこ寄ってこ!!」


 優香が指さした先へ目をやると、古い鯛焼き屋が佇んでいる。高校に入学したての頃、彼女と一緒にこの町を探検して、あの店を見つけたんだっけ……。以来、あそこにはずいぶんとお世話になってきた。


「んー、でも俺、今金欠なんだよなぁ……」

「いーよ、奢ってあげるから!!」

「いやー、なんか悪いし。また今度に……」

「もう『今度』なんてないかもしれないんだよ? いいから、寄ってこ!!」


 少し拗ねたような口調で、俺の言葉を遮る優香。もう、今度なんてないかもしれない。これは、あの未曾有の大災害を乗り越えた後から、彼女がよく口にするようになったセリフだ。


 2年前にこの町を襲った、巨大な地震と壁のような津波……。町のほとんどは水没し、大量の家屋が海に流され、多くの人が行方不明となった。俺の親友も、残念ながら何人か犠牲になっている。


 当時高校一年生だった俺と優香は、一緒に下校している途中で被災した。突然の地震、続く警報、津波……。俺たちは必死に逃げて、逃げて、何とか生き延びた。


 生き延びたと言えば、あの鯛焼き屋も。この付近で流されずに済んだ家屋なんて、あそこくらいのものだろう。復興に励む町で、災害を乗り越えたあの老舗は、町民の希望ともなっていた。だからこそ、今日というめでたい日にあの店へ行くのは、理にかなっている。でも……


「今度はないかも、なんて言うなよ……。俺たちは、高校を卒業しただけだ。確かに毎日顔を合わせることは無くなるかもしれないけど、今度は必ずやってくる」


 そう返すと、優香は寂しそうに俯いた。


 中学2年生のとき、俺が優香に告白して、お付き合いが始まった。中学生という歳の割には、交際は順調だったように思う。お互い意気投合し、同じ高校を目指して受験勉強に励んだ。あの頃はまだ、大学も同じところにしようね、なんて他愛もなく話していたっけ……。


 ……でも、最終的に優香が選んだ大学は、俺と同じではなかった。そこは、どこにあるのかも分からないような、名前も知らない大学……。俺は何度も説得を試みたけれど、彼女の気持ちを変えることは、ついにできなかった。


「いずれくる『今度』の時のために、今日は行かないでおこう……」


 俺はこう続けた。違う大学に進学したからって、会えなくなるわけじゃない。俺たちは必ず再会する。そんな意味を込めて……。優香は、顎を引くように小さく頷いた。寂しそうな表情が、いつもに増して愛おしく見えた。


 歩き疲れた俺たちは、堤防に植っている桜の木の下に設置されたベンチへ腰掛けた。桜の蕾もだいぶ膨らんできてはいるが、開花までにはまだまだかかるだろう。今年の桜を優香と一緒に見ることは、きっと無い。


「……どうして、俺と同じ地元の大学を選ばなかったんだ……?」


 理由は何度も聞いてきたが、あえてもう一度だけ尋ねてみる。もちろん、うんざりされているのは承知の上で。


「何回も言ってるじゃん……。こっちにいるの、もう……限界なんだよ」

「……やっぱり、両親の問題か?」


 優香は、否定も肯定もしなかった。


 数年前から精神を患っているという両親に、彼女は色々と酷いことを言われて続けてきたらしい。それこそ、もういなくなれ、とか、消えてしまえ、とか、そのレベルの暴言を……。そんな両親となるべく距離を置きたい……それが動機の一つなのは、多分間違いない。


 しかし、何度尋ねても、彼女はハッキリとした理由を答えてくれなかった。こっちにいるのは、もう限界。こう、繰り返すだけだ。


「私……弱いから。もっともっと強くなりたいんだ。だから、四年間……待ってて欲しい。強くなって、必ず迎えにいくから」

「優香は、十分すぎるくらい強いだろう。それに、努力家だよ。だから、できれば俺は、優香と一緒に頑張りたい……」

「これからそうできるように、四年間は一人で頑張らなきゃなの……。ごめんね……」

「じゃあせめて、アパートの住所くらいは教えてくれないか? 無理矢理押しかけたりはしないし、彼氏として知ってお……」

「ごめんなさい。でも私の気持ちはずっと変わらないから、心配しないで……」

「……そっか」


 強めに話を遮られた俺は、これ以上の追求を諦めた。


 そのまましばらく、俺と優香は黙って遠くの風景をぼんやりと眺めていた。町にはまだまだ瓦礫が目立つが、この二年の間にずいぶんと復興したものだ。人間というのは、強い。


「色々……あったよな」

「……うん」


 そっと、手を重ねてくる優香。いつも冷え性気味の彼女の手は、今日も相変わらず冷たかった。


「まさか、高校一年生であんな目に遭っちゃうなんてね……。今でも、思い出すと怖い……」

「……そうだな。二人で……高台目指して全力疾走したよな。あれからもう二年か……」

「……うん。途中ではぐれちゃった時は、私……本当に怖くて寂しかったんだから……」

「……え?」


 ……その優香の言葉に、俺は違和感を覚える。


「いや待て、あの時はずっと一緒にいただろう……?」

「ううん、私がつまづいて転んで、起き上がった時にはもうひとりぼっちだった。私……めっちゃ焦って、とりあえず中腹にある神社に逃げ込んだんだけど……」


 そんな記憶はない。俺はあの日、終始優香と一緒にいたはずだ。一体何を言ってーー


「そしたらそこで余震がきてさ。神社が崩れて……。そういえばあの時かぁ、私が……」


 その後に続いた彼女の言葉を聞いて、俺の全身に……ぞわっと鳥肌が立った。


「……死んだの」


 時間の進む感覚が、しばらく無くなった。意味がわからずに呆然とする俺の体を、冷たい風が無慈悲に吹き抜ける。


「なに……言ってんだよ優香……。どういうつもり……」


 こわばって動かない首をギチギチ回し、恐る恐る隣を見ると……。そこには、誰の姿もなかった。俺の心は戦慄し、得体の知れない何かでどんどんと満たされてゆく……。


「おい、からかってんのか!? 縁起でもないことすんなよ、こんな日に!!」


 咄嗟に立ち上がって、そう叫びながら辺りを見回した。けれど、彼女の姿は影も形もない。焦燥に駆られてスマホを取り出すも、彼女とのチャットルームには俺が送信したメッセージしかなく、最後の既読がついていたメッセージの日付は二年前……、つまりあの災害の直前だった。


 訳がわからなくなって、ガタガタと手が震え始める。優香は二年前に死んでいた……!? そんなバカな!! じゃあ俺は、この二年間、一体何を見て来たんだ!? 俺の記憶にある優香との思い出は、一体なんなんだ!?


 踵を返し、学校へと舞い戻る俺。落ち着け、死んだなんてあり得ない。優香は確かに、あの震災の後も存在していた。クラスメイトとも普通に会話していたし、俺の妄想なわけがない。


「トモヒロ!! 優香を見なかったか!?」


 校庭で鉢合わせした友人のトモヒロに向かって、俺は息を切らせながら大声で叫んだ。驚いた顔で振り返るトモヒロに、俺は続ける。


「さっき優香と逸れたんだ。探してるんだけど、見つからなくて……。何か知ってないか?」


 けれど、中腰になって息を整えながら話す俺に向かって、彼は……


「いや、まだそんなこと言ってんのかよ、お前……」


 ……全く期待していない答えを、冷たく返してきた。


「そんなことってなんだよ!! 優香とはついさっきまで一緒に……」

「悪かった、俺が悪い。もう立ち直ったかと思い込んで、ケアを疎かにしていた」

「はぁ!? 何言ってんだ!! 立ち直ったって何が!? 俺はただ、優香の居場所を……」

「優香は二年前に行方不明になってから、ずっと見つかってないだろ!! いい加減、現実を受け入れてくれ!!」


 俺は、言葉を失った。まさか、震災後も優香がいたという記憶は、俺にしかないのか……!?


「からかうなよ!! 今日の卒業式だって、普通に優香いただろ!? ついさっきまで一緒に散歩してたんだぞ!?」

「……悪いことは言わない、病院に行け。優香のご両親がお世話になってるところなら、事情も理解してもらえるさ……。俺にはもう、何もできない……」

「くそっ、話になんねぇな!! あばよ!!」


 どこにぶつけたらいいのかも分からない苛立ちを抑えきれず、俺はトモヒロの前から立ち去った。二年前から優香が見つかっていないなんて、あり得ない。きっと、学校のヤツら全員で、俺をはめようとしてるんだ。


 ……そう思いたかったけれど。万が一これが事実で、俺の記憶が何者かによってたった今植え付けられたものだとしたら……? そんな可能性を完全には拭い去れなかった俺は、また脱兎の如く走り始める。優香が死んだという、例の神社に向かって。


 ……もし、優香が亡くなっていたとして。さっきの会話が俺に向けた何らかのメッセージだったのだとしたら。優香の遺体は、きっとまだ……あの神社にある。


 倒壊した神社は手付かずで、当時のままの瓦礫であふれていた。多分、生活に直結するような施設から復興しているために、ここは後回しにされたんだろう。


 俺はそんな瓦礫の山に突入すると、優香が行きそうな場所を見計らって、一つ一つ瓦礫を退けていった。途方もない作業だった。学生服も泥だらけになってしまったが、これを着るのは今日で最後なのだから、もう構わない。


 ……どれくらい経ったのだろうか。日が暮れ、空も夕焼けに染まり始めてきた頃……。やっぱり、優香は死んでなんかいなかったんだ……そう結論づけようとした俺を絶望させるかのように……ソレは、見つかってしまった。


「……お前、ずっとここにいたのかよ」


 考えもなしに呆然と呟いた俺の足下には……。ボロボロになった制服を身に纏い、完全に白骨化した彼女の遺体が……静かに横たわっていた。


『私……弱いから。もっともっと強くなりたいんだ。だから、四年間……待ってて欲しい。強くなって、必ず迎えにいくから』


 ……立ち尽くす俺の頭の中で、そんな彼女の言葉が……幾度となく反響し続けていた。ここが神社なんかではなく、彼女とよく通ったあの鯛焼き屋が建っていた場所だということに気づいたのも、それから間もなくだった。